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報道被害ネットの活動を随時報告
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25 July
2004
学習会のご報告

23日に予定されていました学習会が無事に終わりました。
幼児虐待事件の被告人である少年の弁護人の方より、事件の概要を発表していただき、それに基づいて、グループディスカッションを行いました。
似顔絵が出ている新聞を見た感想、メディアの立場、報道機関のあるべき姿、など白熱した議論を展開することができました。
また、最後には少年法がご専門の愛知学院大学の服 部 朗先生より少年似顔絵報道の問題点について総括していただきました。

市民、研究者、ジャーナリスト、弁護士など多方面の方々にご参加いただきまして、それぞれの立場から意見交換をすることができました。

次回は、9月24日(金)に設立経緯についての説明をする予定です。詳細が決まり次第、この「ニュースレター」にて連絡します。


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 08:54 | コメント (1)
07 October
2004
報告集会「なぜ? 報道被害ネット」のご報告

報道被害者支援ネットワーク・東海は、9月24日、「市民とメディア研究会・あくせす」と共催で、報告集会「なぜ? 報道被害ネット」を開きました。約40人が参加し、ネットワーク代表の平川宗信・中京大教授が、報道被害ネット・東海を設立した理由と活動について報告し、活発な質疑・討論が行われました。


平川代表は、日本で報道被害が社会問題になったのは80年代半ば以降で、「ロス疑惑」報道や浅野健一・共同通信記者(現同志社大教授)が著書『犯罪報道の犯罪』で原則匿名報道と報道評議会を提唱したことがきっかけでマスコミの在り方を追及する市民グループが次々に発足し、10年ほどの間に「容疑者」呼称の実施や無罪判決時のおわび報道など、一定の改善があったと振り返りました。
しかし、94年の松本サリン事件、翌年の一連のオウム報道、97年の神戸児童殺傷事件、和歌山毒カレー事件などで集団過熱取材や被疑者を犯人視した集中豪雨的な報道が行われて「逆戻り現象」が起こり、これを背景に権力側から報道規制の動きが強まり、個人情報保護法、人権擁護法案、青少年健全育成基本法案などメディア規制を含んだ法律が登場してきたと指摘しました。そして、マスコミ側は、放送が97年にBRO(放送と人権等権利に関する委員会機構、現・BRC)を設立したが、新聞は各社内に外部委員を入れた人権委員会を設けるにとどまっており、メディアは権力介入を招かないためにも報道被害へのより積極的な対応が必要だと述べました。
平川代表は、報道被害ネットを新たに創設した理由を、86年に記者や研究者、弁護士を含む市民で「マスコミと人権を考える東海の会」を作って活動してきたが、マスコミの改革が進まないため、泣き寝入りを強いられている報道被害者を具体的に支援・救済する市民ネットワークを1年以上かけて立ち上げたと説明しました。そして、権力によるメディアの規制で被害を受けるのはメディアではなく知る権利を奪われる市民であり、市民は、自らの知る権利を守るためにも、メディア規制の口実となる報道被害問題の解決をメディアに働きかけていく必要があると強調しました。しかし、知名度不足から今までのところ相談はほとんどなく、市民にネットの存在を知ってもらうことが重要だと語りました。
この後、活発な質疑・討論が行われました。

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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 08:15 | コメント (0)
16 October
2004
◎[投 稿]報道幹部が節度ある取材呼び掛け~広島の女子高生刺殺事件

 10月5日に広島県廿日市市で起きた女子高生が刺殺され祖母が重体となった事件の取材で、地元の新聞、放送、通信社の報道機関でつくる広島県編集責任者会は「節度ある取材を心掛ける」よう加盟各社に呼び掛けている。地元のNHKと民放テレビ4社は通夜・葬儀を代表取材とする申し合わせをした。
 この事件は被害者が高校2年の女子生徒、発生時間がまだ明るい午後3時ごろということもあって、テレビ各社の絶好のワイドショーネタになり、カメラクルーも取材に駆け付けた。地元に本社、支社局を置く報道各社は、遺族や関係者への取材に慎重な姿勢で臨んだようだが、地元住民からは「通学路を(カメラ取材用の)脚立がふさいでいる」「同級生や教諭に執拗な取材をしている」といった苦情が寄せられたという。地元の記者クラブはメディアスクラム状態と見られかねないとして、秩序ある取材を求めた。
 10月7日に広島県教委から地元記者クラブを通じて「節度ある取材」の要請があり、8日には被害者の家族から葬儀会場への立ち入りや弔問客への取材を自粛するよう申し入れがあったという。
 この事件では犯人の似顔絵が発表されており、被疑者の逮捕も近いかもしれない。そのときも、節度ある取材態度を堅持して法的手続きを踏まえた報道に努め、マスコミが容疑者を犯人視することのないように願いたい。
 広島県編集責任者会の今回の呼び掛けは、マスコミの信用維持にかなり危機感を抱いているように見える。私たち「マスコミと人権を考える東海の会」など報道と人権の在り方を提言してきた者にとっては「ようやくここまで」といった感があるが、遅きに失したと言うべきではない。この流れをさらに大きくしたい。

*マスコミと人権を考える東海の会運営委員から、上のような情報が寄せられました。貴重な情報ですので掲載します。


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 11:46 | コメント (0)
14 November
2004
シンポジウムのご報告

昨日(11/13)に、安田さんの講演会が行われました。報道のありかたという視点で、イラクでの拉致事件を語っていただきました。
また、後半のパネリストを交えてのディスカッションでは、各々の立場で議論が進み充実したものとなりました。


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 18:52 | コメント (0)
07 May
2005
例会のご案内

報道被害者支援ネットワーク・東海
会員の皆さま

 報道被害者支援ネットワーク・東海では、奇数月の第3火曜日に例会を開催しております。次回は5月17日(火)の18:30から20:30まで、日本福祉大学名古屋キャンパス(地下鉄・JR「鶴舞」駅下車、徒歩3分)の会議室で行います。

 例会では、主に4月に行ったシンポジウムでの意見交換をもとに、今後の活動について考えたいと思います。

 会員はどなたでも参加できます。会員以外の参加も歓迎します。参加費は無料ですが、資料のコピー代をいただく場合がありますのでご了承ください。多くの方のご参加をお待ちしております。



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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 12:54 | コメント (0)
13 November
2005
お詫び

お詫び

 ホームページの「Web報道被害相談窓口」が、技術的理由で、8月末から11月4日までの間、断続的に利用できない状態になっていたことが判明しました。長期間にわたってご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます。今後、このようなことがないよう、管理を徹底いたします。


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 08:26 | コメント (0)
10 February
2006
レポート

◎被害者の取材自粛要請続く
大事件・事故でほぼ通例に

 一昨年11月に奈良市で起きた小学1年女児の殺害事件以来、重大な事件・事故の被害者家族が報道機関に対し「取材自粛のお願い」を出すことが多くなってきている。
 筆者が確認した限りでは、昨年10-11月に静岡県伊豆の国市で高1女子生徒が母親に薬物のタリウムを摂取したとされる事件で家族から要請があり、同11月に広島市で起きた小1女児殺害事件では家族だけでなく、女児一家が夏まで住んでいた千葉県船橋市の小学校も千葉民間放送記者クラブに自粛要請の文書を送った。
 12月には京都府宇治市の小6女児、栃木県今市市の小1女児の殺害事件で家族が警察を通じ、山形県庄内町の羽越線脱線事故の被害者家族はJR東日本を通じて取材自粛要請を報道各社に伝えた。これに対し報道各社はそれぞれの府県の報道責任者会で「節度ある取材の申し合わせ」をしている。こうした動きはほぼ通例化していると言ってもよさそうだ。
 大きな事件・事故の際にはマスコミ側は遺族を取材するのが当たり前になっており、世間でも取材陣が押し寄せるということが常識化している。今後もこうした要請は出されるだろう。昨年11月の広島の事件では、地元の取材陣に限ればメディアスクラム(集団的過熱取材)状態にならなかったと聞くが、悲しみに打ちひしがれている人たちを見せ物のように扱う仕事の在り方に思いを致すべきではないか。
 それにしても事件・事故直後の遺族取材などという失礼千万な行為は、いつから始まったのだろう。遺族にとっては突然の出来事を理解するだけでも大変ことだ。取材を試みても言葉を聞けるはずがない。むしろ反感を買うだけで成果は何もない。マスコミ記者は多忙だというが、事件・事故直後の遺族取材は無駄な仕事に思えてならない。(会員・山本) 


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 17:28 | コメント (0)
大河内君の父親トーク

◎ 「つらい思いさせない」つなぐ報道を
予想はるかに超えた取材人数
西尾市いじめ事件の父親

 1994年11月、愛知県西尾市の中学2年生がいじめを苦に自ら命を絶った。1回に数万円を奪われる恐喝や、遺書にあったいじめの実態などが明らかにされるにつれ、当時のメディアは騒然とした取材、報道をするようになった。当時、その渦中にあったお父さんの祥晴さんが1月17日の当ネットの例会で、取材を受けた経験や、その後、誤った情報が伝わり続けるなど報道の問題点を話してくださった。
 祥晴さんによると、清輝君が自殺しているのが見つかったのは1994年11月27日の夜。暗くなっても帰らないため、近所を捜し見つけた。30日の葬儀まで連日、教頭らと自殺の原因について協議した。12月1日の朝、清輝君の遺書と旅日記を発見、午前中に校長に報告した。午後になって中日新聞西尾支局長が「学校から聞いた」として取材、「公表すれば大反響となり、報道関係が大挙押しかけ大騒ぎになりますがどうされますか」と記事の掲載は家族の納得を得てからにするとの方針を示した。祥晴さんは深夜になって、支局長に了解を伝えた。
 記事は翌2日の中日新聞朝刊に掲載され、午後から新聞、テレビ各社の取材陣が押し寄せた。祥晴さんは相当の覚悟をしていたが、「予想をはるかに超える」人数だった。以後、12月中は各社の取材、報道合戦が展開されることになる。年を越えて1月17日に阪神大震災が発生、記者の大半は現地へ応援取材に出掛けることになり、祥晴さんは「ひと息つけた」という。
 祥晴さんは「報道に対する感想」として、報道各社から何度も同じ内容を取材されたり、伝えたいことや聞いてほしいことが伝わらず間違いも事実として残っていくことを、まず挙げた。さらに、取材方針を押し付け「愛知の管理教育」への意見を執拗に求めたり、大勢のカメラ取材で玄関の引き戸が壊れそうになったりし、植木が折られたこともあった。マスコミ記者には取材を受けるのが当然といった態度や迷惑を顧みないがむしゃらな取材手法が見られ、朝日新聞記者が早朝に担任教師の手記に対する感想を求めた時には「怒りで追い返しました」と今も憤りが消えていない様子で語った。清輝君の同級生にも「何でしゃべらないのか」と迫る脅しに近い取材や、「いくら出せば話すんだ」とポケットに札を入れる取材者もあったという。
 また、紙面に載った内容が、後で同意のないままに書籍として発刊されたり、教育者や教育評論家の中には調査もしないで報道に想像を加えた文章を事実として本にしている者もいると、メディア側の事実追求の甘さを指摘した。
 そうは言っても、祥晴さんは事件を公表した時の記者の助言や、取材に対するアドバイスもたくさん受けたと、親身になってくれたマスコミ記者に感謝の念を忘れない。全国各地でいじめを苦にした自殺が相次いだ時に出した「清輝と同じ様に人に言えない苦しみを持っている子供達へ」というメッセージを報道が取り上げたことで各地の子供たちとの出会いにつながり、関連した取材は今も続いているという。祥晴さんはこうした取材が「事件を忘れてほしくない。子供たちにつらい思いをさせたくないという私どもの思いをつなぎとめてくれる」と結んだ。(報告文責・山本邦晴)


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 17:29 | コメント (0)
30 April
2006
総会・シンポジウムのリポート

◎BPOを市民の日常に
  言論の自由のためにもと元専務理事
  06年度の総会とシンポ開く

 報道被害ネット・東海は4月15日に2006年度の総会と「テレビ報道被害 あすはわが身? BPO活用法」と題したシンポジウムを開催した。シンポジウムでは放送倫理・番組向上機構(BPO)の前専務理事で椙山女学園大学教授の大木圭之介さんが講演で、BPOが視聴者の日常に意識され活用される期待を述べ、メディア情報の在り方と市民の受け止め方を参加者と話し合った。
■知名度アップ、相談は16件に
 総会では平川宗信代表がこの1年の活動を報告。報道被害の相談は昨年7月から月1~2件あり、05年度では13件、累計で16件になった。相談方法はメールによるものが13件、ファクス2件、電話1件だった。当ネットが知られるようになってきたのか、ホームページへのアクセスも1万2千ほどあった。相談の内容別では、意に反する強引な取材・撮影が5件、誤解・偏見を招く恐れの報道が8件、実名報道・本人が特定される恐れが5件、バッシングが2件などとなっている。全体的に、テレビの配慮に欠けた取材・報道が目に付いた。
 地域別では東海が6件、それ以外が10件で九州から関東まで及んでいる。
 当ネット側から相談者に連絡することはないため、相談の後の事情はほとんど不明だが、助言に基づいてメディアに抗議し謝罪を受けたとの報告もあった。相談者は大手メディアにはねつけられた人もいたようで「私は間違っているのでしょうか」と問い合わせる人もいた。そういう人にも事情を聴いた上で、考えられるだけの答えをした。
 報道被害に関する提言とメディアへの要望では、昨年4月に少年事件の判決公判の直前に、被告少年の似顔絵を報道しないよう要望書をメディアに送ったところ、似顔絵を使ったのは放送1社のみでおおむね落ち着いた報道になっていた。公判後にメディア側の努力に敬意を表し、引き続き人権への配慮をお願いする旨のファクスを送った。
 代表と運営委員6人は前年度の役員を再選した。(詳細は2005年度活動報告を参照)
■放送界には大事な年
 シンポジウムのゲスト、大木さんはNHKの出身で1997年にBPOの前身、放送と人権等権利に関する委員会(BRC)が発足した時から事務局に入り、BPOでは専務理事を務めた。大木さんはBPOの目的は①テレビ・ラジオが傷つけた人権をテレビ自身が速やかに回復する②言論表現の自由を守る―ことだと紹介し、放送業界の一番の危機はNHKにあって、取材費や運営費のごまかし、従軍慰安婦番組で見えた政治との距離が視聴者の不信感を招いていると前置きし、NHKの在り方に対する閣議決定や2011年までのデジタル化など放送業界にとって今年は大事な年だと強調した。
■影響、責任とも重大なテレビ
 テレビは報道被害という言葉が定着し批判が強いが、視聴時間は増え続けテレビ離れでもない。信用しないが多くの人が見ていて、影響は大きい。国会の永田メール問題で民主党は窮地に立たされたが、小沢一郎氏が代表になったことで潮目が変わり、千葉7区の衆院補選の行方も分からなくなった。メディアの影響力の強さの証拠とも言える。
 テレビは責任も大きいはずだが、競争になると視聴率以外に判断する数字がなく、中身の深さより面白さやセンセーショナルへ走る。これに市民の批判が起き、規制と称して権力が出てくる。放送局は放送法によって政府の規制を受けやすいメディアでもある。
 規制を受けないために放送局が自らを律して規制を受けないようにしようというムードが出てきた。BRC発足のきっかけは自民党を敗北させようと言ったとされるテレビ朝日「椿発言」が1993年に国会で問題になったことで、郵政相(当時)の諮問機関の中間報告に苦情対応機関の設置があった。これには放送の自由を侵す可能性があるということでNHK、民放連の会長とも反対したが、世論の批判もあり追い込まれる形でつくった。2003年にBRCや放送と青少年に関する委員会と一つになって視聴者の声を取り上げた方がよいとBPOの発足になった。
 報道被害=テレビの形の最たるものが、松本サリン事件で現場近くの会社員を犯人視した報道だ。テレビ自身が犯した人権侵害の回復を促すのがBPOだ。内部調査では大半の放送局がつくって良かったという評価をしている。
■課題は知名度と決定の正確な放送
 BPOの現在の最大の問題は、まだよく知られていないこと。視聴者の日常の中に定着するのが理想で、放送局もいかに活用するかが重要だ。放送規制の反対運動のためには視聴者の理解が不可欠だ。
 欠点は(事務局が)東京にしかないことで、東京以外の人が申し立てようとしたら金も時間もかかる。放送を良くしていこうという市民グループといかに連携をとるかも大切なので、BPOにも紹介があればありがたい。放送局の側も以前のように視聴者のクレームをたらい回しにしたり現場でもみ消したりしてしまうことはできにくくなっている。
 BRCの決定は放送することで人権回復を図っているが、倫理的に問題があるという指摘に対し「人権侵害はなかった」とアナウンスする番組もあり、正確に決定の内容を放送することが定着していない段階だ。
 BROが社会にとっても放送局にとっても有益な組織にしていくためには放送局の覚悟も必要だし、市民サイドの応援も必要だ。市民が自分のものにして活用していくことを願うとして、大木さんは講演を終えた。
 ディスカッションではフロアから「昨年9月の総選挙では、刺客候補など与党側の戦略をメディアがあおっているのを市民自身が気付かない構図があった」との指摘や、「BPOという言葉を初めて聞いた。メディアの在り方に関心を持っていると自負する者でも知らないことをどうして広めていくか」との問い掛けがあった。大木さんは「市民との回路をメディア自身がつなげていかないと権力機関の思うつぼにはまりかねない」とメディアの厳しい自覚が必要だとの見解を強い調子で語った。(文責=山本)
 


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 06:14 | コメント (0)
14 June
2006
秋田男児殺害事件のメディアスクラムに関するリポート

◎ 取材陣が女性被疑者の実家包囲
繰り返された「メディアスクラム」  秋田・男児殺害事件

 秋田県藤里町の男児殺害事件の取材は、またメディアスクラム(集団的過熱報道)状態を引き起こした。男児の2軒隣に住む被疑者とされた女性の実家を、ピーク時には100人を超える取材陣が取り囲んだという。たった一人であっても自宅の周囲をうろつかれたら、普通の人は気味悪く思うのが当然。ましてカメラやマイクを持った100人もの人間
が包囲するのだから、恐怖を感じたとしても不思議でない。今回の取材に関して朝日、読売、中日(東京)新聞が検証記事を載せ、新聞協会報は女性の逮捕前から、警察当局の対応も含めた取材の実態を伝えている。
■男児家族は実名の不掲載を要望
 新聞協会報(5月23日付)によると、「取材に節度申し合わせ」との見出しで「秋田報道懇話会は十九日、…自宅周辺での取材活動について節度をもって対応することなどを口頭で申し合わせた」。また「遺族は十七日、県警側に男児が帰宅しない旨の通報をした際に、報道機関への広報に関し①男児の写真を載せない②直接取材を控える③実名を掲載しない―ことなどを要望」した。「遺体が発見された十八日には、報道陣が多数詰め掛け…自宅前の道路が通れなくなるほどの状況も見られたことから」遺族は県警に相談し取材自粛の要請文を玄関ドアに張り出し、県警を通じて各社にも送った。
 5月30日付の新聞協会報によれば、秋田報道懇話会は25日にも女性の実家周辺の取材で待機する人数や車両を限定するなどを申し合わせた。女性は24日、報道機関や放送倫理・番組向上機構(BPO)に取材自粛を要請した。
 しかし、取材の実態は東京新聞(6月8日付)の「特報」が伝えるように、ストーカーを思わせる暴力的な手段や信号無視の違法行為もあった。これらは常識を逸脱した取材形態の一部に過ぎず、実際はもっと激しい身勝手なふるまいがテレビ画面で見受けられた。
■読売記事の詭弁
 読売(6月6日付)の検証記事はこうした取材の理由を「捜査が不適切に進められないかを含め、実家での警察の動向をチェックする必要が高まった」というが、本心なのか。それならば、現場写真は女性の姿ではなく、捜査員一人一人の顔がはっきり写ったものを掲載すべきではないか。詭弁というほかない。朝日(6月6日付)の記事は女性逮捕までの取材の実態を経過を追ってリポートし、とくに報道側としての弁明や主張はなかった。
■「創」編集長の提案
 東京新聞は取材の実態をもっとも詳しく伝え、課題解決のためとして月刊誌「創」編集長、篠田博之氏の「取材者と被取材者の間を取り持つコーディネーター役が必要だ。…純粋に第三者的な機関がベストだが現時点では弁護士かなと思う。メディアと弁護士の連携が必要かもしれない」との談話で記事を締めくくっている。傾聴に値する提案だ。(会員=山本、2006年6月13日)


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 08:41 | コメント (0)
07 November
2006
会員によるレポート

「私は取材を受けません」
 PTAが生徒に「拒否カード」配布
  福岡県のいじめ自殺報道

 福岡県筑前町で中学2年の男子生徒がいじめを苦にして自殺したとされる事件
で、この中学校の父母教師会(PTA)が「私は取材を受けません」と書かれた
「取材拒否カード」を全生徒に配布したと、新聞協会報(10月24日付)が伝
えた。
 協会報によると、PTAはこのカードを、生徒が取材に応じたくない場合に記
者に見せることを想定している。共同通信の報道は「取材拒否を強制するもので
はない」としている。PTAは「ルールある取材と報道」も各社に文書で要請。
自殺した生徒の父親は、生徒や家族を匿名で報じることや、自身の顔を撮影しな
いことも要望した。
 報道各社は、生徒の自宅周辺での張り付き取材を1社1人に限定し対応した。
 
 各種報道によると、筑前町立中学校の2年男子生徒は10月11日に、自宅倉
庫で首をつって死んでいるのを家族によって発見された。「いじめられて、もう
いきていけない」などと走り書きされたメモが生徒のズボンのポケットに入って
いた。(了)

--
山本邦晴


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 21:41 | コメント (0)
12 January
2007
報道被害ネットが協賛した「東海の会」のシンポジウムのリポート記事

予断、偏見のない報道を
 裁判員制度の問題探る―「東海の会」シンポジウム

 当ネットワークが協賛する「マスコミと人権を考える東海の会」のシンポジウム「犯罪報道でゆがむ?裁判員制度―犯人視報道の問題点を探る」は12月9日に開かれ、2年半後の裁判員制度実施を前に、公判前整理手続きを経験した弁護士の澤健二さんが制度を説明し問題点を挙げ、パネリストの元朝日新聞論説委員で名古屋学院大助教授の渡辺斉さんと中京大法学部長の平川宗信さんが、警察・検察による被疑者逮捕=事件解決といった印象の犯罪報道を批判し、裁判員への予断や被疑者・被告人への偏見を植え付けることのない報道を望んだ。
■弁護が困難に
 澤さんは、刑事裁判の目的は①誤判をしない②無実の人を罪に陥れない③罪を犯したなら適切な刑罰を科す―ことだとし、憲法はそのために適正手続きや法廷公開の原則を保障していると説明した。
 裁判員制度の対象は重大な刑事事件で、2004年を例に取ると全国で約3300件。愛知県では240件ほど、年間で1500人弱が裁判員になると予測した。選任手続きは最高裁のイメージ案だと、年末に選挙人名簿から裁判員名簿を作って質問票を出し、欠格事由のある人を除いて名簿を確定。起訴があると、その中から15-20人に裁判当日に裁判所に来てもらい、最終的に6人を選ぶ。その日から審理を始めるようだが、適正手続きというより裁判員の負担低減を優先している。公判では事実認定も量刑も裁判員、裁判官を合わせた9人の過半数で決まる。
 澤さんは弁護士として、実際の裁判での手続きに問題があると懸念する。裁判員制度の導入を前提とした公判前手続きで全ての証拠を出して公判の筋書きを作り、裁判員の前ではショーを見せる感じになると予測。被告人が勾留されたままだと接見に時間がかかり、公判に入ると新証拠を出せない決まりがあるなど、弁護士としては「たまったもんじゃない」決まりと言う。証拠と保釈が適正でないと、警察で書いた調書が出されなくなり供述の変遷が読み取れないなど弁護活動は難しいと痛感している。
■裁判がショーに
 現在、裁判所や検察は、公判が裁判員に分かるようにとスライドを使った説明など練習に余念がなく、弁護士会も良い印象を得られるよう服装やしぐさの研修をするというように、「裁判員に見せるショーになっていくのかな」と裁判の在り方を危惧する。
 制度では裁判員やその周囲の人たちに、評議の内容や他の裁判員の氏名など広範な守秘義務を裁判が終わってからも課しており、公開原則に適合するのかや裁判の論評や批判ができなくなる問題点も指摘する。
 犯人視報道による裁判員への影響について、最高裁のパンフレットは「議論を通じて先入観が解消され、証拠に基づいて判断していただけるよう努める」というが、1974(昭和49)年の幼稚園児2人が亡くなった甲山事件では市民で構成する検察審査会が、検察庁が不起訴とした保母に対し不起訴不当と決めて、無罪確定まで21年かかった。この時は「暗い青春時代の女」とか「間違いでも主張通す」といったマスコミ報道が、審査会の人たちに影響を与えたのではないかといわれている。そういうことが裁判員制度ではないとは言い切れず、報道の在り方を考えてほしいと望んだ。
 澤さんはほかにも、裁判所が弁護士への処分を求める「措置請求」や、法テラスの発足で法務省が国選弁護人を雇う形になることなどを挙げ、司法改革の現状を憂慮した。
■市民自治とは遠い妥協の産物
 シンポジウムに移って、平川さんは裁判員制度の導入を、刑事司法への市民参加だが1990年代からの司法制度改革の流れに沿った政府や裁判所、国会の妥協の産物であり、本来の市民自治の在り方とはほど遠いと批判した。英米の陪審制は有罪か無罪かだけを決め検察側の上訴はできない仕組み。欧州各国の参審員制は裁判官と同じ権限を持ち法解釈にものを言える。これに対し、日本の裁判員制度は一つの事件にだけかかわるのは陪審員と同じだが、裁判官と一緒に議論するのは参審員と同様とどっちつかずの形だ。
 政治改革として小選挙区制が、行政改革では省庁統合があったが、司法改革には裁判の市民参加が急浮上した。裁判所として本来は実現してほしくないのだが、市民が入るのは不可避とみて、影響が少ない形のシステムを選んだ。刑事司法に問題があるとの認識があって始まったわけではないと説いた。
■大枠は変わらないが…
 渡辺さんは犯罪報道について、ここ15年に報道機関は見直しを進めてきており裁判員制度になっても報道の「大枠は変わらない」というものの、初めから犯人視報道をしない書き方などを予測する。長く新聞社にいた経験から、変わらねばならないという自覚は報道機関にあるとみる。報道による先入観は避けがたく、今も裁判官は報道の影響を受けている。裁判員制度の在り方に影響を与えられるよう、メディアを市民のものにする努力が必要と持論を述べた。
■事実が分かると報道少なく
 澤さんはあらためて、事実がさして分からない段階で警察の発表による大きな報道があり、事実が分かってきたら少なくなると、マスコミの報道スタイルを批判。平川さんもマスコミは刑事裁判の手続きを分かって報道しているのかと疑問を投げかけ、検察側の冒頭陳述で「このような事実を明らかにした」と言う一方で、弁護側は「何々と主張した」とパターン化した記述を使い、検察の主張の方を事実という印象を持たせてしまうと分析した。
■取り調べの可視化は全捜査過程で
 渡辺さんは、供述内容の報道は今後もあるだろうが、否認の場合は見出しにするなど報道側の「きちっとした」対応を求めた。裁判官は被告の自白を尊重しがちだが、取り調べの可視化がすべての段階で実現すれば、不毛な議論は必要がなくなると期待した。
 取り調べの可視化には澤さんも、一部だけでは任意性を認める証拠にされかねず、取り調べ全体でないと意味がないとくぎを刺した。平川さんは、米国では弁護士の立ち会いのない取り調べは証拠にならず、取り調べ期間も短いのに比べ、日本では23日間拘束し自白追求型の捜査となっていると批判した。
■市民自治なき危うい制度
 平川さんはさらに、英国の裁判は13世紀のマグナカルタの時代から国王の勝手な裁判は許さないという市民の闘争があり、欧州ではギルド(同業者組合)のもめ事はギルド内で解決するという市民自治の伝統があったと紹介し、日本の場合はこのような伝統のないところで重大事件の裁判をやれという無理があると、制度の先行きを危ぶんだ。
 渡辺さんは裁判員の守秘義務についても、処罰を背景に接触すらできない状態にして事後検証の手段が全くないと憤り、米国に統治されていた時代の沖縄で米兵に対する殺人罪で起訴された男性が陪審制の下で無罪となった経緯を描いたノンフィクション「逆転」(伊佐千尋著)は、裁判で話されたことがすべてオープンだったから書けたと検証の必要性を訴えた。
■問題点を報道できるか
 シンポジウムの締めくくりに平川さんは、適正手続や真実の解明よりも「迅速」を優先する現在の刑事裁判の処理が是正されないまま、裁判員制度を口実に市民がこれに協力させられる恐れがある問題点をメディアは報道できるかと疑問を述べ、渡辺さんはメディアが検察や裁判官を批判しないというタブーを脱却し、犯罪報道についての謙虚な問い直しをメディアに望んだ。澤さんは日弁連が「改革」の流れに乗ってできた制度だが、守秘義務などの欠陥は早急に改正するべきだと述べ、市民の監視や行動への期待を語った。(了、文責=運営委員・山本) 


カテゴリ: 活動報告 
投稿者: yamaken, 投稿時刻: 19:07 | コメント (0)
例会のご案内

★ 報道被害者支援ネットワーク・東海 1月例会
   「報道被害とメディアリテラシー」

”メディアリテラシー”(リテラシー=読み解き能力)という言葉、
近ごろ学校でも『総合』の時間などでもとりあげられることもあって、
よく耳にするようになりました。
でも、「なーんとなくわかってるよーな気がするけど、
体系的に学んだことはないし・・・・」ってことありませんか?
報道被害とメディアリテラシーは切ってもきれない間柄。

わかりやすく学習するために、教材ビデオをみながら、
みなで話し合いたいと思います。

お気軽にご参加ください。

日時: 2007年 1月 16日 (火) 18:30~

場所: 日本福祉大学 サテライトキャンパス 北館8階 8D教室
    鶴舞駅下車 徒歩3分

参加費: 無料

[視聴予定教材ビデオ]
1.「テレビは何を伝えたか-松本サリン事件のテレビ報道から-」
    1997年9月制作 20分
    (第20回 東京ビデオフェスティバル日本ビクター大賞受賞作品)
2.「メディアと共に」
    1999年9月制作 20分
    (第22回 東京ビデオフェスティバル作品奨励賞作品)


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 19:07 | コメント (0)
05 July
2007
6月例会のご報告

戦後処理責任を果たさず
―報道の追及も不十分 6月定例会              
 6月の定例会は19日、運営委員の岩崎建弥さんが「新聞は戦争をどう伝えてきたか―戦後問題を中心に」のテーマで、中国東北地区(旧満州)に奨学金を届けるボランティアに行った時の見聞を導入部に、1930年代に中国に侵攻した日本と、それをあおった報道の責任について具体例を挙げて説明した。岩崎さんは、終戦後も中国に毒ガスを遺棄したままだったり日中両国の犠牲者への補償をしないなど、日本は戦後処理の責任もまったく果たさず、報道の追及も不十分だったと指摘した。
■国交回復遅れ戦後も犠牲者
 岩崎さんは5月の中下旬に、ボランティアの仲間13人で約300万円の奨学金を瀋陽、長春、ハルビンの高校生らに届けた。1人当たりでは五千円で、経済成長の著しい中国ではかつてほど貨幣価値は高くないが、ある高校生は「困っている人を救う医者になるため頑張りたい」と感謝してくれた。
 中国東北部には日露戦争時代の旅順の堡塁や大砲、乃木・ステッセル会談の水師営、日中戦争が本格化するきっかけとなった柳条湖事件を記念する瀋陽の「9・18記念博物館」、日本軍の細菌兵器研究の731部隊跡など戦争史跡が整備されている。731部隊の展示施設には部隊長の石井四郎を表彰する日本の新聞が展示されていた。
 岩崎さんは中日新聞岡崎支局に勤務していた1969年、中国で毒ガスを捨てたという男性を知り、ガスがボンベから流出する恐れがあるとの記事を書いたが、本格的処理は国交回復後で何人もの犠牲者が出る結果になった。
■戦争で部数伸びる
 新聞は明治維新後、数年で各地に日刊紙が創刊されたが、一般家庭に行き渡るのは日清、日露戦争のころ。郷土部隊の動向を知るためだ。日中戦争が本格化すると、新聞は従軍記者を増やし武勇伝や英雄伝の報道合戦を展開するが、大部分は軍の発表通り。上海事変直後の肉弾3勇士事件は、工兵隊の3人が爆弾の導火線の処理に失敗したというのが実態だ。
毎日新聞は「南京侵攻に向かう陸軍将校2人がどちらが先に敵(中国人)100人を斬るかを競っている」と称賛する記事と写真を掲載した。報道が戦争をあおっていたのは間違いない。
■豹変した報道、戦争責任に向き合わず
 昭和17年6月のミッドウエー海戦の大敗以来、日本軍大本営はうその発表ばかりするようになったが、国民に「負けることはない」と神懸かり的に信じさせたのは報道の力もあった。それが敗戦を境に、新生日本、民主日本とコロッと変わった。
 ドイツでは敗戦後、新聞社は全部解体されたが、日本では天皇制と新聞は残る形となった。シベリアや南方に残った兵員をどう日本に帰すか、食料難の中でいかに食っていくかといった目前のことにとらわれ、戦争責任と向き合うことがなかった。
 1950年に朝鮮戦争が始まると国内の治安を維持するとして警察予備隊を発足させ、保安隊、自衛隊と昇格させ、再び軍隊をつくった。当時の吉田茂首相は「戦力なき軍隊」と言い繕ったが、戦後日本のさまざまな問題を象徴的に残してきた。
 日本は戦後、被害に遭った民間人への補償は一切なく、全国調査すら実施していないが、昭和27年に軍人や軍属への恩給、援護法を復活させ、自民党の票田にしてきた。
■戦時法は民間人補償を規定
 実は戦時中、日本には戦時災害保護法や防空法で民間人への補償規定があり、女性がけがをすれば補償をするとの項目まであった。しかし、戦後の日本政府は、民間人は国との契約がなく、内地は戦場ではないとの理由で補償を拒んできた。
昭和48年に松坂屋で名古屋大空襲展が催されたと同じころ、戦争でけがをした人の全国集会が名古屋で開かれ、会場に入りきれない何百人という人が集まった。それ以来、民間人への戦災補償を要求し続けているが、国は無視し続けたままだ。戦争被災者は高齢化し、既に亡くなった人も多い。ドイツでは1950年の連邦援護法でけがや死亡した国民を平等に保護する規定があるが、日本の役人を論破できない国会議員や知識人、学者は情けない。
岩崎さんはこのほかに「置き去りにされた戦後処理」として▽原爆被害者▽従軍慰安婦▽韓国・朝鮮の女子挺身隊(動員工場労働者)の救済を挙げた。
■若者のエネルギー生かす道
岩崎さんはドイツのワイツゼッカー元大統領の「過去を見ようとしない者には現在も見えない」との言葉を引いて、歴史に学ばない日本人と日本の報道姿勢を強く批判。今の経済から見捨てられたフリーター達の「何か起きた方がいい」というエネルギーを生かす道を提供できるのか、報道が問われていると結んだ。
■9条に則して戦争の予備・陰謀に罰則も
この後の話し合いで、刑事法が専門の平川さん(当ネット代表)は、法学者の立場から「法律も、明白に新憲法に違反する部分以外は明治時代の刑法典をそのまま継続させるなど、戦中、戦後の連続性を保った。法律面で戦争に協力した裁判官は誰も辞めることなく、法学者もほぼそのままの地位にとどまった」と指摘し、「ドイツが戦後、憲法が侵略戦争を禁じたのに合わせて侵略戦争の企図を罰する条項を刑法に置いたように、日本も憲法9条に合わせて戦争の予備・陰謀等を罰する条項を刑法に置くのが筋だった」と平和を法律の面から固める考え方の一つを示した。(文責・山本)


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投稿者: yamaken, 投稿時刻: 13:58 | コメント (0)
10 January
2008
11月例会の報告

犯罪報道の在り方変える機会に
  裁判員制度で、全国へアピールも
   07年11月の例会

 当ネットワークは2007年11月の例会で、2009年5月までに始まる予定の裁判員制度が犯罪報道にどのような影響を及ぼすのかを話し合った。裁判員制度については推進する考えと、制定の経過や制度の欠陥などから市民の参加を危惧する議論が出たが、これまでの警察の発表をもとにした犯罪報道の在り方を変える機会になるという見方では一致した。また、制度発足に当たって犯人視報道の見直しを東京、関西の有志とともにアピールできないか提案があった。
■報道で知っているかも材料に
 裁判員制度については会員が説明した。裁判の対象は殺人、強盗致傷など法定刑の重い事件で一審のみ。全国50の地裁と10の地裁支部で実施する。控訴が可能なので裁判員の判断が覆ることも予想され、この制度の意義が疑われる第1点だ。
 裁判体は裁判員6人、裁判官3人で構成。裁判員は選挙人名簿からくじで選ばれ、対象事件ごとに50-100人を呼び出し、辞退事由や裁判長の質問で6人を決定する。選任手続きでは裁判所が事件について報道を通じ知っているかを聞き、「どのように考えているか」「報道に左右されることなく判断できるか」などを尋ね決定の材料にする。評決の有罪は裁判員、裁判官それぞれ1人と、全体の過半数の賛成が必要。無罪は裁判員5人か裁判官3人の有罪不決定で足りることになる。
■08年9月に実質スタート
 2006年の事件を基にした最高裁の試算では、1年間で全国の有権者4160人に1人の割合で選ばれるが、大阪地裁管内では2560人に1人。呼び出しを受ける人はさらに高い割合になる。2008年9月1日まで、裁判所が市区町村の選挙管理委員会に割り当てる候補者数を決定し、制度が事実上スタートする。日本新聞協会は2007年12月に裁判員制度をめぐる取材・報道指針を発表する予定だったが、08年1月になるようだ。
■公正の妨げと報道を議論
 裁判員制度の設置を決めた司法制度改革審議会は「裁判員に対する報道の好ましくない影響」で数回言及があったが、先送りした。制度の具体案をつくる裁判員制度・刑事検討会で、裁判員法案の「裁判員の公正を妨げる行為の禁止」として①事件に関する偏見を生じせしめる行為や公正を妨げる行為を行ってはならない②報道機関はこれに配慮しなければならない―という「偏見条項」が提案されたが、報道機関側の反発と新聞協会の「自主ルールを作る」との表明で見送りとなった。
■マスコミに衝撃、最高裁総括裁判官の6項目懸念
 2006年12月に同検討会のメンバーでもあった土屋美明・共同通信論説副委員長が「裁判員制度と報道のガイドライン」試案を発表。無罪推定の原則を尊重し予断を与える恐れのある報道をしないとし、刑事裁判の進行中は①被告の人格を論評する②自白を明らかにする③コメントまたは論評の原則自粛―を挙げた。
 新聞協会は最高裁や日本弁護士連合会と意見交換の懇談会を開いてきたが、07年9月に福井市で開いた「マスコミ倫理懇談会全国協議会大会」で最高裁の平木正洋刑事局総括裁判官が講演で示した「6項目の懸念表明」はマスコミ側に大きな衝撃を与えたと言ってよい。「捜査機関から得た情報を事実のように報じる
」「被疑者・被告の自白を伝える」「有罪を前提とした有識者のコメント」などで、マスコミ側からは強く反発する意見が出され、とくに出版社の参加者「雑誌協会は自主ルールを作ると約束した覚えはない。裁判員制度自体に反対だ」と懸念を全面的に無視する態度を見せた。
■無罪裁判員を誹謗、中傷も
 以上が裁判員制度と報道をめぐる経過だ。では、どんな報道が予想されるかというと、希望的、好ましい方向として①報道機関が被疑者の氏名を含め、極めて抑制的、客観的な表現に努力する②捜査当局の措置のチェックに力を入れる―を
期待するが、悪い方向として①報道のスタイルが何も変わらず、捜査当局が発表しない個人情報も報じる②その結果、犯人視報道そのままの判決が続出するか、犯人視報道が法廷で疑問視される③無罪判決を出した裁判員を批判、誹謗する―この方が現実的にあり得そうだ、と会員の報告は結んだ。
■「市民参加を歓迎」「権利が義務にすり替わった」
 参加者の話し合いでは「この制度に対する批判も相当あるが、陪審制は戦前にもあった制度。市民参加の裁判制度は国際的な趨勢であり、戦後民主主義の下でこそふさわしい。ここで実現しないと50年先送りにもなりかねない」と積極的
に受け入れようとする意見の一方で、「裁判への被害者参加は、さらに厳罰化のムードをあおるだろう。死刑を求める署名など人民裁判化へ向かっている。量刑データを出し合うのはより厳罰化へ向かう恐れがある」と制度の行方を心配する
声が出た。
 「司法への市民参加について報道は伝えてこなかった」「報道自体が市民の成熟度を表す面があり、犯罪報道の在り方は変わらないのでは」と報道の責任を問
う意見も強く、「なぜ対象の罪が殺人などの重大犯罪なのか。政治家や役人の収賄罪を私たちに裁かせてくれないのか」と、制度が向かわせる意図への疑問も出た。
 さらに「報道が裁判官の心証に影響しないと裁判所はいうが、光市の母子殺人事件でも相当なプレッシャーが掛かっているはず。陪審制は大正デモクラシーの盛り上がりの中で制定され昭和の初めから始まったが、戦争が激しくなる過程で1943(昭和18)年に停止されたままになっていた。今度の裁判員制度は市
民が裁判に参加するという権利が、義務になってしまった」と制度の理念にも批判があった。
 参加者は、平木裁判官の言う6項目の懸念は当ネットなどが以前から指摘したことと重なっており「私たちなりの立場で主張していく」ことを確認。裁判員制度の下での報道の在り方を東京、関西の「報道と人権」グループとともにアピールする提案があり、次回の例会で引き続き検討することにした。(了)


カテゴリ: 活動報告 
投稿者: yamaken, 投稿時刻: 12:32 | コメント (0)